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中合デパートの思い出

中合デパートがいよいよ8月31日に閉館する事になりました。

 

 これまでは12月での閉館と聞いていたのですが、予定が前倒しになってしまいました。皆様にご心配をお掛けしているのではないかと心苦しく思っています。

 

 デパートは無くなってしまいますが、飯坂薬局中合店は営業を継続するため近くの物件を探しております。正式に決定次第お知らせさせて頂きますので、もうしばらくお待ちください。

  

 中合デパートは創業146年の老舗で、皆様も色々な思い出があると思います。本日のブログは、普段のブログ担当ではなく、弊社社長の吉田陽美の中合の思い出話です。よろしければお付き合いください。

 

 

 

 

  私(飯坂薬局社長吉田陽美)にとっての中合の最初の思い出は、昔の大町時代の中合の前で、白い服で祖父母、弟たちと緊張して写っているセピア色の写真です。

(白い服を着ている女の子が私です) 

 

その頃は飯坂から福島に行くのは年に数回でした。

 それも中合に行くとなると、これはもう大変なお出かけで、おしゃれしてワクワクしながら出かけたものです。

 

 屋上には遊園地があり、飛行機や汽車の乗り物があって、ずいぶん広く感じました。

 食事は、記憶がおぼろげですが、中合の食堂でカレーライスか、旗が立っているお子様ランチを食べたのでしょうね。

 

 中学に入って飯坂から福島の学校に通うようになり、友達に中合を通り抜けると早いよと教えられ、実行したら、それがどういう訳か親に知られて叱られ、それ以来ずっと中合に近づきませんでした。

 

 私が中合に関わるようになったのは、多分1974年頃です。

 

 すでに飯坂薬局は中合に支店を出していたのですが、その支店で薬剤師が見つからず、次女が生まれるまでしばらく勤めたときからです。

 その頃は非常にお客様も多く、「中合友の会の日」などのイベント等があると、オープンと同時にたくさんの方々が走って入店されたものです。

 その「お客様がダッシュで入店」という光景は、初売りの福袋が発売される時、10年ほど前まで見られていました。

 

 入り口には案内嬢もおられ、エレベーターはエレベーターガールの方が操作してくれていました。

 エレベーターガールの方は震災の前までいらっしゃいましたね。どうやら東北のデパートで最後まで残ったエレベーターガールだったそうです。

 

 私の中合勤務の中の一番のハイライトは、プロ野球ダイエーホークスの優勝セールの時でした。今か今かとドキドキしながらテレビを見ていたものです。

 優勝が決定した日、明け方の3時か4時ころから中合デパートの社員さん方は出社して、優勝セールの用意をしていたようです。

 開店と同時に人々が殺到し、店内は歩く隙間もないほどの人・人でした。

 今では遠い昔の話です。

 

 当時の中合は、私たちテナントに対しても要求は厳しかったです。「白髪は染めるように」「手書きPOP禁止」「ジーンズやスニーカー禁止」などといろいろと厳しい要求がありました。

 外商部の方など、1人で年間数億円の売上を上げる方もいて、そういった方は例外なく厳しい方でした。

 大変でしたが学ぶ事も多かったです。

 

 私はデパートというと中合しか知りませんでしたから、初めて東京のデパートに行ったとき、そのあまりの広さにびっくりしたものです。

 大都会の大型デパートから比べたら大したことはないかもしれません。ですが、福島の私とっては「されど中合」的な存在でした。

 

 先日、閉まる前にと思ってじっくりと上から下まで各階を歩いてきました。感想は「やっぱり良いな~」でした。

 

 時代の流れで閉店はやむを得ないのでしょうが、146年の歴史と伝統ある老舗は、そう簡単に生まれてくるものではありません。

 今の時期、福島に住む者として朝ドラ「エール」はうれしいけれど、中合がなくなるのはやっぱり限りなく寂しく、惜しい思いがします。

 

 

 

 飯坂薬局主催の健康講座「むらさき会」もずいぶん長い間開催させて頂いています。これもスタートは中合でした。

 「むらさき会」は20年以上前に中合2番館7階で始めたのが最初でした。それから通算100回以上にわたり開催させて頂いております。

 

 スタートは中合2番館7階。

 ホテル天竜閣。

 伊勢屋旅館。

 摺上亭大鳥。

 そして今はまた中合のサンダースレストランさんと開催場所は移り変わりましたが、勉強熱心な皆様の熱意に支えられ継続できました。

 今後も場所は変更になると思いますが、継続開催してゆきたいと考えています。

 

 お客様方に参加して頂いての松寿仙の工場見学(1泊2日旅行)や花見山でのお花見、辰巳屋8階でのお食事会なども楽しい思い出です。

 

 本当に多くの方々に支えられてここまでやってこられました。感謝しております。今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

 新型コロナウイルスの影響で世界が急に変わってしまったような感があります。これからの時代に合わせて変わっていかなければならない所と、変えてはいけない所があると思います。

 そこをしっかりと見極めてゆきたいと思っております。